これ、何と読むか…というと
「おじんやあと」
と読みマス!
今日用事があって東伊豆町の観光協会へ行ったのですが、
その建物の横に実は史跡があるのです!
それが
「御陣屋跡」
東伊豆町の観光協会は稲取内にあるのですが、
稲取温泉観光協会から車で5分(歩くと10分位ですかね)
ふと目に付いたので写真を撮って来ました~!
東伊豆町観光協会の建物(商工会が1階なのですが)の横に
小さな公園があって、その中に御陣屋跡があるんです。
公園に史跡、普通にあります(笑)
というより、なんなの?これ??
という方へ簡単にご説明を…
まず「陣屋」というのは軍勢が駐屯して宿営するところなのですね。
まぁ、その「跡」ということなのですが(笑)
そもそも稲取の御陣屋は1843年(今から167年前!)に御陣屋となったようで、
その頃、稲取は「沼津藩」だったようです。
稲取は東海岸の領地の一つで、砲台を築いて海岸防備をしていたんですって!
稲取の砲台は、伊豆諸島が見渡せる高台に築かれて、
この時から稲取の代官宿舎は、砲台などの海岸警備に力を入れ込む
「御陣屋」に変わったそうです。
稲取の御陣屋は結構活躍したようで、
軍艦コロンバス(コロンブス、ではないようで??)、
とビンセンスっていう軍艦が江戸湾に入ってきた時は
稲取の台場に一番手兵隊を出動させられたり、
軍艦マリーナ号が下田に来航した時は
稲取の押送り船からの情報とか、
稲取台場から望遠鏡での監視情報などを
御陣屋に集めて、沼津藩に事の状況を報告したそうです。
そのおかげで沼津班はすぐさま対処が出来た、とか。。
この情報は150年以上前の話なので、
当時はもっと活躍した内容がいっぱいあったんでしょうね~。
明治になると、伊豆一帯は「韮山県」→「足柄県」→「静岡県」
と約7年の間に県の名前が3回も変わります(笑)
この時の御陣屋は役場的な存在になって、
近隣村々の行政事務を行うところになったのだそうです。
そんな史実のある、「御陣屋の跡」
といったとこでしょうか(汗)
稲取歴史文化辞典「Ina-pedia」(「イナペディア」というものがあるんですよ!)
から拾って書いたので大丈夫だとは思いますが…
歴史ロマン感じる場所ですね~!
ひっそりとある御陣屋ですが、
そんな背景を知ってから見に行くと
また違う風景に見えるかもです!
良かったら見に行ってみて下さいね♪





































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